イスラム金融のグローバル化と新展開

イスラム金融とはなにか

「イスラム金融」とは、イスラムという宗教の理念に基づいてサービスが提供される金融のことである。わが国でも、2000年代半ばから徐々に関心が高まってきており、多くの概説書が刊行されている。国内での本格的な展開はまだ見られないが、導入に向けての法整備や実務面での議論が進んでいる。

 

また、中東や東南アジアでは、現地の日系企業によってイスラム金融サービスの提供が始まっている。本論では、このイスラム金融をめぐる現状と近年見られる新展開に着目し、その意義について考えてみたい。

 

イスラムの今

 

イスラム金融とは何か?

 

はじめに、イスラム金融に馴染みのない読者のために、その概要について簡単に紹介しておく。冒頭でも述べたように、イスラム金融ではイスラムの宗教理念がその実践に反映されでいる。イスラムの教義は、いわゆる宗教的行為だけでなく信徒の日々の生活から社会システムのあ口方まで広く規定しており、われわれが考える「宗教」の域をはるかに超えたある種の社会規範体系を提供している。経済活動に関する規範も聖典『クルアーン(コーラン)』に事細かく示されており、イスラム金融の実践もそれに基づいている。

 

なかでも最も重要なものは、利子の禁止である。イスラム金融では、この規定に基づいて利子を取らない方法で様々な金融サービスが提供されている。我々が普段使っている金融サービス(以下、従来型と呼ぶ)では、利子は自明の存在であるため、この点がイスラム金融の大きな特徴である。このほか、聖典『クルアーン』にはギャンブルの禁止も明記されており、これに従って、先物取引のような不確実性の大きな金融商品を扱うことも、原則として認められていない。

 

こうした特徴を持つイスラム金融の現代的展開は、1970年代にさかのぼる。当時の中東地域では、アラブ民族主義に代わってイスラム主義が台頭してきており、当地のイスラム教徒の間で、自らの信仰に基づいた経済活動をしたいという気運が高まっていた。そこに、原油価格の高騰によって中東に大量に流れ込んだオイルマネーが資金的裏付けとなり、中東各国で商業イスラム銀行の設立が実現した。

 

その後、イスラム金融は中東だけでなく、北アフリカから東南アジアにかけてのいわゆるイスラム世界と呼ばれる地域にも広く浸透していった。00年している金融機関は600社以上にのぼり、欧米諸国を含めた50近くの国で事業が展開されている。全世界のイスラム金融資産は、年率15〜20%の割合で増加し、その総額は1兆丿に迫っている。また、サウジアラビアやアラブ首長国連邦といった中東湾岸諸国、及びマレーシアでは、イスラム金融のマーケットシェアが2割を超えており、年々増加している。これらの国々では近い将来、そのシェアが5割を占めると言われている。

イスラム金融の光と影

このように、イスラム金融がグローバル経済の一角を担うプレーヤーの1つとして認知されるまでになった要因は何か。その1つとして挙げられるのが、新しい金融商品の開発による従来型金融との競争力向上である。

 

例えば、「スターク」と呼ばれる金融商品(取引の仕組みは図1)は、従来型金融における証券化の機能を代替するものである。スクーグは、90年代前半にマレーシアで初めて発行されて以降、様々な改良が加えられ、00年代に爆発的に増加した。現在に至るまでのイスラム金融ブームは、このスター・ク発行量の大幅な増加が大きく寄与している。

 

スクーグと並んでイスラム金融の成長を支えているのが、「タワッルク」と呼ばれる金融商品である。前述のようにイスラム金融では、利子を含んだ金融サービスを提供できない。従って、顧客に資金を融通する場合には、主に次の2つの方法が採られる。1つは、顧客が必要としている商品をイスラム銀行が代わりに仕入れ、それを顧客に転売する方法、もう1つは、顧客が手がけている事業にイスラム銀行がパートナーとして出資・参加する方法である。

 

こうして、利子を使わないで実質的な資金の融通を可能にしているのである。イスラム銀行が手にする収益について言えば、前者の方法では転売時の上乗せ価格が、後者の方法では事業から得られる利益の一部が、利子に代わる収益源となる。

 

これらの方法は70年代に開発され、世界中のイスラム銀行で広く利用されている。しかし、1つだけ難点があった。それは、現金そのものを必要としている顧客に対して十分なサービスを提供できない点である。前で紹介したいずれの方法も、顧客に直接現金を貸し出す仕組みになっていないからだ。この点が、従来型金融と比べた時のイスラム金融の大きな弱点となっていた。イスラム金融では、つい最近まで銀行同士で資金を融通し1 つコール市場が存在しなかったが、それもこの問題がネックとなっていたからである。

 

00年代半ばから、この問題を克服するための新商品が開発・導入されるようになった。それが前述した金融商品「タワッルク」である。ンマドータキー・ウスマーニー氏は、「現在発行されているスクーグの8割はイスラムの宗教理念を反映していない仕組みになっている」との見解を出したことがある。また、タワッルクについても、57力国が加盟するイスラム諸国会議機構(本部はサウジアラビア)の傘下にあるイスラム法学アカデミーが、「イスラムの教義が歴史的に定めてきたやI方から乖離している」との批判的見解を出している。

 

これらの批判に対して、イスラム金融業界ではどのような反応が見られるだろうか。法学者や組織は、現代におけるイスラムの教義のあヴ方について強い影響力を持っており、イスラム金融業界に対する衝撃は大きかった。業界組織の1つであるイスラム金融機関会計監査機構(AAOIFI、本部はバーレー・ン)は、各イスラム金融機関に対して、スタークやタワッルクの利用についての是正措置を求めている。

 

しかし、ほとんどのイスラム金融機関は、スクーグやタワッルクの利用を目に見えて控えるような動きを見せていない。筆者は、中東や東南アジアを訪ねるたびに、イスラム金融に携わる実務家や法学者に対してイスラム金融の現状についての評価を尋ねるが、おおむね次のような答えが返ってくる。

 

それは「タワッルクや一部のスクーグに対して批判があるのは重々承知だが、従来型金融との熾烈な競争を勝ち抜いていくための他の方途がなく利用はやむを得ない。ただ、イスラムの宗教理念をイスラム金融の実践にいかに反映していくかは、イスラム金融の商業的な成功と同じく重要というのはよくわかっている」というものである。

 

「イスラムの宗教理念の遵守」と「商業的な成功」をいかに両立させていくか。スクーグとタワッルクをめぐる攻防からは、これが今後のイスラム金融に課せられた極めて重要な宿題であることが理解できよう。